地震発生時、建物の構造体の中で最も過酷な負荷がかかる場所の一つが「階段室」です。特に、建物の本体と階段室が別構造になっている場合や、複雑な形状の建物では、激しい**「ねじれ(ねじれ振動)」**が発生します。
この揺れの差を吸収し、避難経路を物理的に守るのが**「エキスパンションジョイント(Exp.J)」**の役割です。ここが正しく管理されていないと、地震時に階段が歪み、扉が開かなくなるなどの致命的な「避難障害」を招きます。
なぜ階段室に「ねじれ」が集中するのか
階段室は、上下階を貫く巨大な「吹き抜け」や「壁の配置」により、建物全体の剛性(固さ)バランスを崩しやすい部位です。
- 剛心のズレ: 建物の重さの中心(重心)と、固さの中心(剛心)が離れていると、地震時に建物はコマのように回る「ねじれ」を起こします。
- 挙動の不一致: 本体ビルと階段塔が分離している場合、それぞれの揺れ周期が異なるため、連結部には互いに引き裂くような、あるいは激しく衝突するような力が加わります。
- 避難の生命線: エレベーターが停止する震災時、階段は唯一の脱出路です。ここで「ねじれ」による変形が起き、防火扉の枠が歪むと、入居者は建物内に閉じ込められることになります。
エキスパンションジョイント(Exp.J)の役割とリスク
エキスパンションジョイントは、異なる構造体同士をあえて切り離し、その隙間(クリアランス)をカバーする連結金具です。
1. 相対変位の吸収
地震時、A棟とB棟がバラバラに動いても、Exp.Jが伸縮・スライドすることで衝突や破断を防ぎます。
- 管理の要諦: 設計上の「想定移動量」に対して、ジョイントの可動範囲が十分であるか。また、経年劣化で部材が固着していないかが重要です。
2. 「衝突(パンディング)」の回避
クリアランス(隙間)が不足していると、揺れの最中に構造体同士が激しく衝突します。
- リスク: 衝突の衝撃は階段室の壁を破壊し、最悪の場合、階段そのものが脱落する原因となります。特に古い建物では、現在の基準よりも隙間が狭く設計されているケースが多いため、注意が必要です。
3. 床段差の解消と脱落防止
ジョイントが外れたり、床に大きな段差ができたりすると、避難時に転倒事故を招きます。
- 管理の要諦: ジョイント部材には、激しい揺れでも「脱落」しないための落下防止ワイヤーや、段差を最小限に抑えるカバープレートの健全性が求められます。
「開かない扉」を防ぐための構造的対策
ねじれ変形の影響を最も受けるのが、階段室への入り口(ドア枠)です。
- 対震ドア枠の導入: 地震で枠が多少歪んでも、扉の開閉を妨げない「クリアランスの大きいドア枠」への更新が有効です。
- 耐震スリットの点検: 壁と柱の間に設けられた「スリット」が、内装工事などで埋められていないか。スリットが機能しないと、ねじれによるストレスが直接壁に伝わり、階段室の倒壊リスクを高めます。
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実務担当者が「日常点検」でチェックすべき3点
- ジョイントカバーの「傷」や「変形」: 過去の微小地震や地盤沈下で、すでにジョイントが限界まで動いた痕跡がないかを確認します。
- クリアランス内への「異物」混入: 隙間にゴミや資材が詰まっていると、地震時にクッション材にならず、衝撃をダイレクトに伝えてしまいます。
- シーリング材の「硬化」: 防水用のゴムやシーリングがカチカチに固まっていると、構造体の動きを阻害し、ジョイントの破損を招きます。
安全は「点」ではなく「線」で管理するもの
階段室の安全管理は、新築時の設計という「点」の作業では完結しません。建物の挙動変化を監視し、ジョイントの柔軟性を維持し続ける「線」のメンテナンスです。
「逃げ道」が「閉じ込められた場所」にならないために。
エキスパンションジョイントという、目立たないが重要な連結部の健全性を守ること。この「線」の視点での施設管理こそが、巨大地震という極限状態において、従業員や顧客をパニックから救い、確実に地上へと導くための、最も基本的かつ不可欠な安全保障となります。
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