建物の耐震性能を揺るがすのは、地震のような外部からの衝撃だけではありません。コンクリート内部で静かに進行し、構造体を内側から粉砕する「不治の病」とも呼ばれる現象があります。それが**「アルカリ骨材反応(ASR)」**です。
コンクリートが自ら膨張し、ひび割れ、鉄筋を破断させるこの現象が、建物の寿命と耐震性にどのような致命的影響を与えるのか、その診断手法と判定のポイントを解説します。
「アルカリ骨材反応」とは:内部で増殖する「膨張性ゲル」
ASRは、コンクリート中のアルカリ分と、砂利や砂(骨材)に含まれる特定の反応性鉱物が化学反応を起こす現象です。
- 膨張のメカニズム: 反応によって「アルカリシリカゲル」が生成されます。このゲルが周囲の水分を吸収して激しく膨張し、その内圧によってコンクリートを内側から引き裂きます。
- 特徴的な「地図状のひび割れ」: 膨張は全方向に起こるため、表面には網目状(地図状)の深いひび割れが発生します。
- 鉄筋の破断: コンクリートの膨張に耐えきれなくなった内部の鉄筋が、限界を超えて「ポキリ」と折れる(破断)ケースも報告されており、こうなると耐震性能は劇的に低下します。
余寿命を左右する「3段階の精密診断」
ASRが疑われる場合、目視だけでなく、科学的なプロセスで進行度を測定し、建物の「残り時間」を判定します。
1. コア抜きによる「残存膨張量試験」
建物からコンクリートの塊(コア)を抜き取り、高温多湿の環境下でさらにどれくらい膨張する能力が残っているかを測定します。
- 判定: すでに膨張しきっているのか、それとも今後さらに大きく膨張して破壊が進むのかを予測する、余寿命判定の最も重要な指標です。
2. 内部組織の「偏光顕微鏡観察」
コンクリートの薄片を顕微鏡で覗き、骨材の周りに反応性ゲルが形成されているか、微細なひび割れがどう走っているかを確認します。
3. 鉄筋の「破断調査」と超音波探査
ひび割れが激しい箇所をはつり(削り)、内部の鉄筋が膨張圧で破断していないかを目視および超音波で調査します。鉄筋の定着力が失われていれば、耐震診断の結果は「危険」へと一気に傾きます。
ASR進行を「止める」ことは可能か?
残念ながら、一度始まってしまった化学反応を完全に停止させる魔法の薬はありません。しかし、延命措置は可能です。
- 「水」を遮断する: ASRの膨張には水分が不可欠です。高機能な防水塗装(表面被覆)を施し、外部からの水分供給を絶つことで、進行を劇的に遅らせることができます。
- リチウム注入工法: アルカリ反応を抑制するリチウム溶液を内部に圧入・浸透させることで、ゲルの膨張性を抑える技術も普及しています。
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実務担当者が「現場」でチェックすべき3つのサイン
- ひび割れからの「透明・白色のゲル」: ひび割れからゼリー状の物質や白い粉が出ていたら、ASRが活発に進行している証拠です。
- 部材の「異常な膨らみ」: 柱や梁がわずかに太くなっている、あるいは隣の部材を押し出している形跡がないかを確認します。
- 打診時の「鈍い音」: 健全なコンクリートの「高い音」ではなく、内部がスカスカになった「低い鈍い音」がする場合は末期症状です。
安全は「点」ではなく「線」で管理するもの
アルカリ骨材反応の管理は、現在の傷を見るという一時点の「点」の評価ではありません。建設時から続く材料の特性と、今後の膨張予測という「線」の時間軸で建物の健康を捉える作業です。
「建物の内なる敵」を放置することは、爆弾を抱えて震災を待つことに等しい。
内部で起きている化学的な異変を科学の力で早期に発見し、適切な延命策を講じること。この「線」の視点でのメンテナンスこそが、建物の余寿命を最大限に延ばし、震災時においても「粘り強い」構造を維持し続けるための、最も重要なインテリジェント・マネジメントです。
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