グローバルに事業を展開する企業の施設管理者にとって、国を跨いだ拠点管理は「物理的な距離」以上に「基準の乖離」という難問を抱えています。特に日本は世界で最も耐震基準が厳しい国の一つですが、海外拠点(米国、欧州、東南アジアなど)では、その土地独自の法規制や地震リスクの捉え方が存在します。
本社が求める「グローバル共通の安全基準」と、現地法が求める「最低限の法規制」。この間にある「ズレ」をどう埋め、統一したガバナンスを構築すべきか。その核心を解説します。
「ズレ」の正体:設計思想とリスク評価の根本的な違い
日本の建築基準法と、海外(特に米国や欧州)の基準には、地震に対する設計思想の差があります。
- 日本の基準(建築基準法・新耐震):
- 「震度6強〜7でも倒壊しない」という、極めて高いハード(構造)の強さを重視します。
- 一方で、揺れた後の「継続利用(BCP)」に関しては、法規レベルでは明文化されていない部分が多いのが現状です。
- 米国の基準(IBC / ASCE 7など):
- **「重要度係数(Importance Factor)」**という概念が強く、病院や避難所、重要インフラ施設には、一般ビルよりも高い耐震性能を法的に要求します。
- 日本以上に、地震後の「機能維持(Functional Recovery)」を意識した性能設計が普及しています。
- 欧州・アジアの基準(Eurocode 8など):
- 地震リスクが低い地域では「耐震」よりも「風荷重」や「積雪」が優先されることが多く、日本と同じ感覚で診断を行うと、構造的な脆さが露呈することが多々あります。
グローバル管理者が直面する「3つのリスク」
基準のズレを放置することは、経営上の重大な不確実性に直結します。
1. コンプライアンスの二重基準
現地法はクリアしていても、日本の本社基準に照らすと「要補強」となるケースです。有事の際、本社としての安全配慮義務(デューデリジェンス)をどこまで果たしていたかが問われます。
2. 性能評価の「単位・言語」の壁
日本のIs値(耐震性能指標)は海外では通用しません。海外拠点の評価には、国際的に認知されている**PML(予想最大損失率)**や、米国などの標準的な解析手法を用いる必要があります。
3. 損害保険・再保険の不一致
グローバルで一括して損害保険を契約している場合、特定の拠点の耐震性能が不明確だと、ポートフォリオ全体のリスクが高いと判定され、保険料が高騰する原因になります。
解決策:グローバル・レジリエンス・スタンダードの構築
ズレを解消するためには、法規制の違いを超えた「企業独自の共通基準」を設けることが不可欠です。
- 「機能」に基づいたランク付け:
- 国ごとの法規をベースにしつつ、「この拠点は震後24時間以内に復旧させる」といった**RTO(目標復旧時間)**に基づいた性能目標を独自に設定します。
- 第3者によるクロス・チェック:
- 現地の設計会社だけでなく、日本の構造エンジニアが監修に入り、日本の「強さ」と現地の「合理性」をすり合わせます。
- エンジニアリング・レポート(ER)の統一フォーマット化:
- 各国の診断結果を、本社が比較可能な共通の指標(PML値や、構造的損傷確率など)に変換して集約します。
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実務担当者が海外拠点を点検する際の「3つの問い」
- 「その国の地震動地図(Hazard Map)は直近で更新されているか?」: 特に東南アジアなどでは、近年の研究により想定される揺れの強さが修正されるケースが増えています。
- 「非構造部材(設備・天井)の固定は現地基準に含まれているか?」: 構造体は無事でも、天井の落下で事業が止まるリスクは海外の方が高い傾向にあります。
- 「現地法に定められた『重要度係数』は適切に選択されているか?」: 工場の用途によっては、現地法でより厳しい設計が義務付けられている可能性があるため、再確認が必要です。
基準の統一は「命」と「ブランド」を守る投資
「現地法を守っていれば良い」という時代は終わりました。グローバル企業にとって、地震はどこで起きても本社に影響を及ぼすリスクです。
基準のズレを理解し、独自の「安全のモノサシ」を持つこと。 それが、物理的な国境を越えて、世界中で働く従業員の命と、企業のブランド価値を等しく守り抜くための、施設管理者の最も重要なミッションです。
貴社は、この**「海外拠点」という情報のブラックボックスを、グローバル共通の安全基準によって透明化**し、世界最強のレジリエンスを、いつ、確立されますか?



