首都直下地震が発生した際、東京都内だけで約517万人の帰宅困難者が発生すると予測されています。この膨大な数の人々を路上に溢れさせないため、行政は大規模なオフィスビルや商業施設の管理者に対し、一時滞在施設としての受け入れを強く要請しています。
しかし、善意や協力体制だけで人を招き入れることはできません。建物管理者には、見ず知らずの多くの人々を「安全に収容し続ける」という重い法的・道義的責任が課せられます。もし収容中に余震で建物の一部が崩落したり、設備が故障して人的被害が出れば、管理責任を問われるリスクも否定できません。本記事では、災害時収容施設として最低限満たすべき構造的安全基準と、管理者が整えるべき義務の範囲を専門的な視点から解説します。
「一時滞在施設」に求められる耐震性のハードル
一般的なビルと、災害時に人を収容するビルとでは、求められる耐震性能の「質」が異なります。
1. 目標とすべきIs値(構造耐震指標)
日本の建築基準法(新耐震基準)をクリアしていれば、即座に倒壊するリスクは低いとされます。しかし、一時滞在施設として機能するためには、単に倒れないだけでなく、余震が続く中で大勢の人が「安心して留まれる」性能が必要です。
- Is値0.6の壁: 通常の耐震診断ではIs値0.6が合格ラインですが、帰宅困難者を受け入れる拠点としては、Is値0.75以上を目指すことが推奨されます。これは、文部科学省が定める学校(避難所)の耐震化基準に近い数値です。
2. 群衆荷重(人が密集することによる負荷)
通常、オフィスの床は事務机や少数の人間が点在することを前提に設計されています。しかし、帰宅困難者を密集して収容した場合、想定以上の荷重(重さ)が床にかかります。
- 構造上の懸念: 古いビルや床の積載荷重に余裕がない設計の場合、群衆が移動した際の振動や重量によって、床スラブにひび割れが生じたり、最悪の場合、一部が損壊するリスクを検証しておく必要があります。
非構造部材の安全:命を守るための「頭上」のチェック
構造体(柱・梁)が無事でも、天井パネルや照明が落下すれば、一時滞在施設はパニックの現場と化します。管理者が最も注意すべきは、この「頭上のリスク」です。
- 特定天井(脱落防止対策): エントランスホールやロビーなど、高い天井を持つ空間は収容場所に選ばれやすいですが、これらは「特定天井」として厳しい脱落防止対策が義務付けられています。地震の揺れで天井材が凶器にならないよう、ブレースによる補強やクリアランスの確保ができているかを確認してください。
- ガラスの飛散防止: 帰宅困難者は外の様子を伺うために窓際に集まる傾向があります。強化ガラスであっても、熱強化ガラスの自然破損や枠の変形による飛散を防ぐため、飛散防止フィルムの貼付状況を再点検する必要があります。
「東京都帰宅困難者対策条例」と管理者の責務
2013年に施行されたこの条例により、事業者は以下の義務を負っています。
「一斉帰宅抑制」と「施設内待機」の徹底
自社の従業員を3日間施設内に留めることが努力義務化されています。これに加えて、行政と協定を結んでいるビルは、外部の帰宅困難者を受け入れることになります。
善管注意義務の範囲
「善意で受け入れたのだから、何が起きても責任はない」というわけではありません。管理者は、施設が安全に利用できる状態であることを維持する「善意の管理者としての注意義務(善管注意義務)」を負います。
- 事前のリスク排除: 地震後に「明らかに危険な箇所(ひび割れた壁、傾いた什器など)」がある場所に従留者を誘導して被害が出た場合、管理過失を問われる可能性があります。
貴社のビルが自治体から一時滞在施設の指定を受けている、あるいはCSR(社会貢献)の一環として検討されている場合。「群衆荷重への耐性」や「特定天井の安全性」など、受け入れを可能にするための具体的な構造診断を知りたい方は、無料で3分で完了する**「耐震ウェブ診断」をご利用**ください。
▶︎ [https://taishin-senmon.jp/diagnosis/ ]
収容施設を「維持」するためのインフラ強靭化
建物が壊れないことの次に重要なのが、数百人、数千人が数日間過ごすための「ライフラインの維持」です。
- 非常用発電機の稼働保証: 停電時に照明、通信、排煙設備が動かなければ、地下空間や窓のないエリアへの収容は不可能です。発電機そのものの耐震固定だけでなく、燃料備蓄の確保と、地震時の燃料供給ルートの確認が必須です。
- 給排水設備の「フレキシブル化」: 地震の揺れで本管と建物の接続部が破断すると、トイレが使用不能になります。多数の人間を収容する場合、衛生環境の悪化は深刻な問題となります。配管の接合部に柔軟性を持たせる対策ができているかを診断してください。
拠点のプライドは「数値化された安全」に宿る
首都直下地震という未曾有の事態において、民間ビルが果たす役割は極めて大きくなっています。しかし、その貢献を「リスク」ではなく「企業の誇り」とするためには、何よりも客観的な安全データが不可欠です。
**「このビルは科学的に安全である」という確信があって初めて、管理者は自信を持って人々を迎え入れることができます。**事前の耐震診断と設備の強靭化は、混乱の中で冷静な判断を下すための、管理者にとっての「心の支え」となります。
貴社は、この**「帰宅困難者受け入れ」という社会的責務を、物理的な安全性の裏付けをもって完遂し、地域から最も信頼される拠点**を、いつ、確立されますか?



